大阪市で給湯器の交換を検討中の方へ! 古代の京から大都市へ

大阪市で給湯器の交換を検討中の方へ! 古代の京から大都市へ

大阪府のほぼ中央に位置する大阪市は、大阪府庁が存在し、政令指定都市にも指定されている大都市です。
全国の政令指定都市の中で最も多い24の区から成っており、その数は東京都区部の23区をも上回ります。また、人口も非常に多く、東京都23区と横浜市に次ぐおよそ270万人の人々が暮らしています。
ライフアドバンスジャパンでは、大阪市を始めとする関西地方の一部と東京23区、関東地方の一部で給湯器の取り換え・交換サービスを行っています。
大阪府だけではなく、西日本の中心都市として栄える大阪市には、一体どのような歴史があるのでしょうか?
今回は、大阪市に住んでいるならぜひ知っておきたい、“西の大都市”大阪市の歴史についてご紹介します。

難波宮から天下の台所へ

古代の大阪には、朝鮮や中国といった諸外国と大和朝廷を結ぶ海の玄関「難波津(なにわづ)」という港がありました。
大化の改新の際には現在の中央区に「難波長柄豊碕宮(なにわのながらのとよさきのみや)」が置かれ、その後の奈良時代にも「難波宮(なんばのみや)」が置かれるなど、たびたび日本の政治の中心となっていたのです。
戦国時代に入ると、現在の大坂城本丸辺りに「大坂石山本願寺(おおさかいしやまほんがんじ)」が作られ、多くの商人や職人が住む寺内町が大いに栄えました。しかし大坂本願寺は、10年以上にわたる織田信長との戦いに敗れた後に焼失してしまいます。
その後豊臣秀吉が大坂本願寺跡に大坂城を築くと、再び日本の政治の中心となることに。 江戸時代には流通・経済の中心地としても栄え、全国各地の特産物が出入りすることから「天下の台所」と言われるようになりました。

大大阪時代から現代へ

明治時代に入ると、硬貨や大砲などの工場が次々に設けられ、大阪市に近代工業の知識や技術が根付きます。
大正時代には、工業生産日本一の都市へと発展、市の面積や人口も拡大して全国一の都市となり、「大大阪(だいおおさか)」とまで呼ばれるように。大大阪時代の人口は、なんと世界第6位。大阪への遷都案も出るほどの大都市へと発展していきました。
第二次世界大戦時の大阪大空襲を受け一度は焼け跡となるものの、人々の懸命な努力によって街は復興。その後も進化と発展を続け、数々のランドマークを有する日本でも有数の観光都市となったのです。

大阪市で給湯器の交換を検討中の方へ! 古代の京から大都市へ

いかがでしたか?
西日本の中心都市として栄える大阪市には、古代から続く長い歴史があったのですね。
大阪市の歴史に興味がある方は、大坂歴史博物館などを訪れてみるとおもしろいかもしれません。
ライフアドバンスジャパンでは、給湯器の取り換え・交換だけではなく、コンロやレンジフードの交換も行っております。
大阪市にお住まいで、給湯器の取り換えやコンロ・レンジフード等をご検討中の方は、ぜひライフアドバンスジャパンにご相談ください。