東大阪市で給湯器の交換を検討中の方へ! 歴史小説の大

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# 豆知識

東大阪市で給湯器の交換を検討中の方へ! 歴史小説の大

東大阪市は、大阪府、堺市に次ぐ人口を有する大阪府の中核市のひとつ。「花園」の通称で親しまれる高校ラグビーの聖地、「東大阪市花園ラグビー場」があることで知られています。
また、市内には6,000を超える中小企業の事業所が集まっており、その数は全国第5位。「モノづくりのまち東大阪」としても有名です。
ライフアドバンスジャパンでは、東大阪市を始めとする関西地方の一部と東京23区、関東地方の一部で給湯器の取り換え・交換サービスを行っています。
今回は、東大阪市の名誉市民である歴史小説家、司馬遼太郎についてご紹介します。

数々の歴史小説・エッセイを残した名作家

司馬遼太郎は、『竜馬がゆく』『燃えよ剣』などの長編歴史小説や、『街道をゆく』などのエッセイを数多く世に送り出した戦後日本を代表する作家です。
本名を福田定一といい、「司馬遷(しばせん)に遼か(はるか)に及ばず」という意味を込めて司馬遼太郎という筆名にしたとされています。司馬遷は、中国二十四史のひとつ、全130巻から成る『史記』を書きあげた中国の歴史家です。
1923年(大正12年)に大阪府大阪市で生まれた福田定一は、第二次世界大戦時に約2年間に渡る兵役を経験したのち新聞記者へ。その後、記者業を続けながら本名でいくつかの作品を発表し、1958年(昭和33年)、35歳のときにはじめて司馬遼太郎としての著書(『白い歓喜天』)を発表します。
1960年(昭和35年)、京の都で暗躍する忍者の生きざまを描いた『梟の城』が第42回直木賞を受賞すると、その翌年に新聞社を引退、本格的に作家業へと移行しました。

独自の歴史観が人気を集める

デビュー作が伝奇小説として注目され、初期は伝奇・推理小説を執筆していたものの、司馬が残した多くの作品は戦国時代や幕末時代を舞台とした歴史小説です。膨大な資料を基にまるで実際に目にしてきたかのように描かれる歴史上の人物や、自らが戦争を体験したからこその明るい作風で今なお人気を集めています。
『坂の上の雲』『功名が辻』など、数多くの作品が実写映画・ドラマの原作となっており、小説を読んだことはなくても、タイトルや内容を知っているという方は少なくありません。
1996年(平成8年)に72歳でこの世を去り、命日である2月12日は司馬が好きだった花にちなんで「菜の花忌」となっています。

いかがでしたか? 東大阪市下小坂にある司馬遼太郎の自宅敷地内には、彼の業績を後世に伝える「司馬遼太郎記念館」が開設されています。実際に使用していた書斎や直筆原稿を見ることができるなど、司馬遼太郎ファンなら一度は訪れたい場所です。
ライフアドバンスジャパンでは、給湯器の取り換え・交換だけではなく、浴室やキッチンのリフォームも行っております。
東大阪市にお住まいで、給湯器の取り換えや浴室リフォーム等をご検討中の方は、ぜひライフアドバンスジャパンにご相談ください。


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