八尾市で給湯器の交換を検討中の方へ! 聖徳太子ゆかりのお寺

八尾市で給湯器の交換を検討中の方へ! 聖徳太子ゆかりのお寺

大阪府中河内地域、大阪平野の中部に位置する八尾市。市の西側は大阪市に、東側は生駒山系を境にして奈良県生駒郡平郡町・三郷町に接しています。
かつては綿糸生産で栄えていましたが、近年は高度な技術開発力を持つ中小企業が集まり、金属製品や電子機器などを全国に送り出す「ものづくりのまち」へと発展しました。中でも盛んなのは歯ブラシの生産で、なんと全国生産量のおよそ4割が八尾市で生産されているのです。
ライフアドバンスジャパンでは、八尾市を始めとする関西地方の一部と東京23区、関東地方の一部で給湯器の取り換え・交換サービスを行っています。
今回は、八尾市にある聖徳太子ゆかりの寺、大聖勝軍寺をご紹介します。

聖徳太子と物部守屋の戦いの地

聖徳太子は、日本人なら誰もが知っている飛鳥時代の政治家です。馬小屋で生まれ、遣隋使の派遣や、冠位十二階・十七条憲法を制定したことで知られていますよね。
かつて八尾市は、聖徳太子・蘇我馬子と物部守屋の戦いの地となったことがあるのです。
蘇我氏と物部氏はどちらも当時大きな力を持っていた豪族で、蘇我氏は大陸より伝来した仏教を、物部氏は日本古来の神道を重んじていました。日本における仏教の布教を許すか否かの崇仏論争と、それぞれの擁立する皇子の皇位継承争いが重なり、蘇我氏と物部氏の争いは武力抗争へと発展します。物部氏は八尾市の西武、跡部地域を拠点としていたため、この地が戦場となったのです。

絶体絶命の聖徳太子をかくまった椋(むく)の木

物部守屋の本拠地へと攻め入った蘇我軍は地の利のある物部軍に敗退、聖徳太子は物部軍の兵に囲まれる絶体絶命の事態へと陥ります。聖徳太子がそばにあった椋の木に寄り添うと、突然椋の幹が割れ、そこに身をかくまわれて難を逃れることができました。
この戦いの際、聖徳太子が戦勝を祈願して四天王を祀り、そのご加護によって物部氏に打ち勝てたとして建てたのが「大聖勝軍寺」なのです。
また、聖徳太子をかくまって勝利へと導いた椋の木は、「神妙椋」として境内に祀られています。

八尾市で給湯器の交換を検討中の方へ! 聖徳太子ゆかりのお寺

いかがでしたか? 大聖勝軍寺は、聖徳太子建立の寺として、南河内郡にある「叡福寺」、羽曳野市にある「野中寺」と並ぶ「河内三太子」のひとつに数えられています。そのため、叡福寺を「上の太子」、野中寺を「中の太子」、大聖勝軍寺を「下の太子」と呼ぶことも。
聖徳太子の戦勝にちなんで、受験合格や知恵授かりの御祈願に訪れる方も多いのですよ。
ライフアドバンスジャパンでは、給湯器の取り換え・交換だけではなく、浴室やキッチンのリフォームも行っております。
八尾市にお住まいで、給湯器の取り換えや浴室リフォーム等をご検討中の方は、ぜひライフアドバンスジャパンにご相談ください。